はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 120 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノはカップを握る手に力を込めた。空いている方の手は拳となった。

いま見たものは、すべて幻だ。本当の事など何ひとつない。

スペンサーのやり口は心得ている。

眠ってしまったダンの手からカップを取って、テーブルに置いただけの事。

だからここでスペンサーの喜びそうな反応をしてはいけない。

大きな声を出したり、慌てて立ち上がったり。

けれども、こちらの自制心も限界だ。赤い炎が目の前を覆い尽くし、その熱が全身に巡っていくのをもはや止められそうにない。

ダンを今すぐ、あの盗っ人から取り戻さなければ。

ブルーノは視線をスペンサーの憎たらしい横顔に釘付けのまま、慎重にカップをテーブルに戻した。

「ブルゥ、ジンジャーシロップ入れて」

横からヒナの声が聞こえ、ブルーノはわずかに腰を浮かせたまま止まった。

「え……」いま、なんと言った?

「ジンジャー、チロップ」ヒナが舌を噛んだ。言い損じて顔を赤くしている。

「ああ、シロップな。飲んでみたのか?」ブルーノは腰を落とした。頭にのぼっていた血がみるみるうちに下降していく。

ヒナは答える代わりに、ジロリとこちらを見上げた。顔はまだ赤い。

どうやら、動きを読まれていたらしい。味方であるヒナが止めたのだから、いまは行くべきではないのだろう。

「ヒナはまだ飲んでないよ。ずぅっとアップルパイ食べてたもん」カイルがヒナの向こうから口を出す。

やれやれ、ここにもいたか。自分のものを奪われまいとするやつが。

まぁ、カイルの場合、こちらとは事情が違う。せっかく出来た友達を奪う気はないが、いまヒナを必要としているのはおれの方だ。

「ああ、そうだ。部屋の机の上にウェインからの手紙を置いておいたぞ」ブルーノはとっておきのエサをここから遠く離れた場所に投げた。

カイルは目をまんまるに開いて、口を大きく開けて、バッと立ち上がった。ヒナも同じように驚いた顔をしている。

しばらくカイルには退場しておいてもらおう。

「うそっ!いつの間に?ウェインさんが来たの?」興奮したカイルはブルーノに詰め寄った。

「ヒナにはないの?ウォーターさんは来てないの?」ヒナも興奮してブルーノの腕に掴みかかった。

「もしかして昼寝してた時に?」カイルはその場で二度、三度足踏みをすると、「僕、手紙取ってくるっ!」と言って、ブルーノの期待した通り居間を飛び出して行った。

そして騒ぎを聞きつけた(目と鼻の先にいるので聞こえないはずはない)スペンサーが、立ち上がってこちらへやって来ようとしていた。

ひとまず、ダンから引き離すことは成功した。あとはヒナを宥めなければ。

ブルーノは次なるエサを投じた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 121 [ヒナ田舎へ行く]

「手紙とはどういうことだ?」

スペンサーは秘密主義の弟とその腕に掴まるヒナの前に立った。

「どういうことですか?」ヒナも詰問口調だ。カイルにだけ返事が来たのが気にくわないのだろう。いまにもブルーノに噛みつきそうだ。

「ヒナ、そう不貞腐れることもないぞ。ウォーターズさんは明日の午前中に手紙を持ってくるそうだ。直接ヒナに渡したいんだと」

ヒナの顔がぱあっと輝く。「ほんと?明日会える?」

「ああ」

なにが、ああ、だ。いつ隣人とそんな約束を取り付けたのだ?報告もせず、いったい何を考えている。

「明日、ウォーターズが来るだと?俺は聞いていないぞ」

「いま話している」

スペンサーは目を剥いた。この馬鹿、ヒナを味方に付けて調子に乗っているのか?だとしたらとんだ間抜けだ。ダンはそんな簡単な男ではないぞ。

「ブルゥが会いに行ったの?ウォーターさんに会った?ヒナのこと何か言ってた?」ヒナはブルーノの腕をよじ登り、さらなる情報を求めた。こういう時のヒナはかなり饒舌だ。

「とても会いたがっていたよ」ブルーノは優しく言い含めるように言うと、ヒナがしがみつく腕を軽く揺すった。

ヒナは「くふふ」と含み笑いを漏らし、自分の席に戻った。ブルーノの効果的なひと言ですっかり満足したようだ。冷めたホットワインをチロチロと舐めて、ブルーノにカップを突き出す。味に不満があるらしい。

「わざわざこの雨の中、ウォーターズ邸に行ったんだな」スペンサーは二人のやりとりを無視して断言した。

「手紙の返事を貰いに行った」ブルーノは溜息混じりに答え、ヒナのカップにジンジャーシロップを入れてやった。「そうしないと、誰も彼も不機嫌のままだ。おれがウォーターズのとこに行ったおかげで、ひとまずヒナとカイルの機嫌は直った。そうだろう?ヒナ」

「はい。直りました!」ヒナは意気込んで返事をした。

ブルーノは納得して頷いた。「となると、あとはダンだけだが……そっちはどうだったんだ?雨の中連れ回した甲斐があったのか?」

さすがに頭にきた。

刺激したのはこちらだが、兄に対してなんという口のきき方だ。

まったく。イライラする!

「ダンの機嫌はそう悪くないぞ」スペンサーは平静を装い、なんとか切り返した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 122 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは眠りに落ちたとき同様、唐突に目が覚めた。

それというのも、名前を呼ばれた気がしたからだ。

実際、たったいま背後でスペンサーが僕の名前を口にした。

ダンの機嫌は悪くない、とかなんとか。

ヒナの近侍を勤めるようになってからというもの、自分の名前にはひどく敏感になった。呼ばれればヤカンから噴き出す湯気のように部屋を飛び出して行かなければならないのだから、『ダ』と聞こえただけでも身体が反応してしまう。

けれど、ここへ来てずいぶん鈍ったように思う。だいたい炉端で居眠りする使用人なんてどこにもいやしない。こんなんじゃロンドンに戻った途端クビにされてしまう。

ダンはいったん目を閉じ、深呼吸をすると、もぞもぞと身体を動かし立ち上がった。ケットをくるくるとまわし身体からはぎ取ると、角と角を合わせて几帳面に畳み椅子の上に置いた。横に目を向けると、飲みかけのワインとカサカサになったアップルパイが恨めしげにこちらを見ていた。あとできちんと頂くからと、ダンはポケットから清潔なハンカチを取り出し、彼らに掛けてやった。

顔を上げるとヒナと目が合った。ヒナは意味ありげにニィっと笑った。

ヒナの考えることは分かったり、分からなかったりだけど、いまの笑いはよく分からない。

ダンは笑みを返し、一同が集う場所に合流しようとした。スペンサーは背を向けていて、その向こうに隠れるようにしてブルーノがいる。

カイルがいないな。と思った途端、カイルが部屋に飛び込んできた。思わず驚いて背の高い椅子の陰に隠れた。

「ねぇ、見て見て!ウェインさんがいつでも遊びに来てくださいって!」紙切れを振っている。

ウェインさん?カイルはウェインからの返事を貰ったのだろうか?ということはヒナにも旦那様から?あの笑みの正体はそれか。

「ええっ!」ヒナが不満声をあげた。「カイルだけずるいっ!」立ち上がって地団太を踏む。

ヒナのもどかしさがダンにも伝わってきた。ヒナは招待を受けたとしても、行くことが出来ないのだ。

「ヒナは明日ウォーターズに会えるんだろう」スペンサーは素気無い。ヒナの癇癪にも動じないのはさすがと言う他ない。

それにしてもいつの間に旦那様とヒナが会えることになったのだろう。ダンは首をひねった。

「そうだよ。きっとまたお土産持って来てくれるよ」ごきげんのカイルは悔しそうなヒナをやり過ごし、窓辺の籐椅子に座って一度は目を通したはずの手紙に目を落とした。

ヒナは頬を膨らませ、どすんと椅子に座った。

「ヒナ、機嫌は直ったんだろう?」ブルーノが優しくあやすように問い掛ける。

こうなってしまってはヒナの機嫌はなかなか直らないだろう。旦那様にも会えるって言うのに、何が不満なんだか。

ダンはこそこそとするのをやめて、今度こそ一同と合流した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 123 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノはダンを見ていた。

ダンの方は見られているとは露ほども思っていなかったのだろうが、目覚めて几帳面にケットを畳む姿も、カイルが大きな声を出しながら部屋に駆け込んできたときに驚いて飛び上がった姿も、そのあと椅子の陰に隠れて皆の様子をうかがっていたのもすべて見ていた。

ヒナが再び不機嫌に陥ったので、これ以上隠れてはいられなくなったのか、こちらへそろそろとやってきた。

「起きたのか?」スペンサーが振り返りもせず言う。

どうやらスペンサーも、背後でこそこそするダンの気配を感じ取っていたようだ。

「はい……」ダンは顔を真っ赤に染めた。人前で居眠りなんてしたことがなかったのだろう。「ついうとうとしてしまって」照れくさそうに目を伏せた。もとより、一度もこちらを見ようとはしないが。

「ほんの五分ほどだ。死んだように眠ってたぞ」スペンサーは笑って、ダンを自分の側に寄せた。

カッとなったブルーノはすかさず腰を浮かせ、ダンを奪い返そうとした。

だがそれよりも早くヒナが動いた。

「ダンはこっち」と隣の席を指差し、ぷりぷりと言う。不機嫌でもブルーノの味方には変わりないようだ。

ブルーノはひとまず腰を落とした。ヒナはなかなか頼りになる。

ダンは不機嫌なヒナに従い、そそくさとカイルが最初に座っていた椅子に座った。スペンサーはやれやれと肩を竦め、窓辺に寄ってカイルの隣に腰掛けた。

「それで、ウォーターズはなんと?」スペンサーが訊く。

「明日、こちらの都合がよければ訪問したいと」ブルーノは答えた。

「天候次第だな」スペンサーは頭を仰け反らせ、窓に当たる雨粒に目をやった。

「だから午前中なら空いていると答えておいた。午後は出掛けるかもしれないからな」

「でもさ、雨上がりでピクルスに丘を登らせるのはかわいそうだよ」カイルが不安げに表情を曇らせた。

「雨上がりはかわいそうなの?」雨が上がれば丘の上からウォーターズ邸を見下ろせると思っていたヒナはショックを隠しきれない。

「足元が悪いと、ピクルスの脚に負担が掛かるからだと思います」ダンが詳しく説明する。

「その通りだ。あれはおじいちゃんだからな」とスペンサー。

「ピクルスはおじいちゃんなの?」ヒナは思うところがあるらしく、妙に納得した表情になった。「そっか……」

「クッキーを持参すると言っていた。ヒナと約束したからと」話はウォーターズに戻る。

「約束と言うが、こちらの事情があるだろう」スペンサーは渋面を作った。何かあれば一族もろとも面倒なことになりかねない。

「約束は守らなきゃ」とヒナが一言。

それで十分だった。約束を守らないようでは男ではない。

ロス兄弟はみな男である。

ということで、この話は決着した。残る問題はダンがブルーノを避けているという事。

この問題を片づけなければ、ブルーノは明日を迎えられないだろうと思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 124 [ヒナ田舎へ行く]

変なお茶会が終わると、ブルーノは部屋へ引き上げるダンを捕まえた。

ダンは「きゃっ!」と女の子みたいな声を出して飛び上がった。

そんなに驚くこともないだろうに。ブルーノは掴んでいたダンの腕を放した。

「話がある」断れないように断固として言う。

「でも……」ダンは渋り、一緒に歩くヒナに目をやった。

ほろ酔い加減で機嫌が直っているヒナは、残念ながらブルーノの味方。「カイルとお風呂に入ってくる」そう言って、ダダッとかけだした。なかなか逃げ足が早い。

「だ、だめですよっ!お風呂は夕食後です!」ダンは声を張り上げた。

「はーい」と口ばかりの返事をして、ヒナは廊下の角を曲がって消えた。

「大丈夫だ。風呂の支度はまだ出来ていない」ブルーノは、酔っぱらったヒナが湯船に沈む姿を想像しているダンを安心させようと、言った。

「ああ、そうですよね」ダンはホッと息を吐いた。「ヒナは普段お酒なんて飲まないものですから」

「舐めた程度だ。心配はいらない。それより――」ブルーノは束の間ためらった。だがぐずぐずしていたら自分に不利になるだけだ。「機嫌が悪い理由を聞いてもいいか?」

ダンがきょとんとこちらを見上げた。

「ヒナのことですか?」と訊く。

まさか、自覚がないのか?それとも立ち聞きしていたことを知られたくなくて、とぼけているのか?だとしたら、とんだ役者だ。

「お前に決まっているだろう」ブルーノは言い、ダンの手首を掴んで手近な部屋に引き込んだ。そこは大広間の控え室で、話し合うには最適な部屋だった。

邪魔が入らないように、ドアはしっかりと閉じた。続き部屋ではないので一カ所を塞いでおくだけでいい。

「僕は不機嫌なんかじゃないです」ダンは言って思案顔になった。ようやく自分が不機嫌なことに気づきつつあるようだ。

「午後ずっとおれのことを避けていただろう」ブルーノは確信を持って断言した。

「そんなことありません!」ダンは即座に否定した。「だって……午後は出掛けていましたし……」

「おれを避けるために出掛けたくせに、それを理由にするのか?」出入り口を塞ぐようにして立つブルーノはダンににじり寄った。

ダンは後ずさった。「違います。だって、ブルーノを避ける理由なんて僕にはないですし……」

「理由?理由ならあるだろう。おれとスペンサーの話を聞いていたんだろう?」この言葉を絞り出すのには勇気がいった。トビーの事はとうの昔に終わった事だし、ほとんど忘れかけていたのに、いまさらほじくり返さなければならないのだ。

ダンがあの話の内容にいい印象を抱いていないのは分かっている。嫌悪すらしているかもしれない。だが、せめて言い訳くらいさせてくれてもいいじゃないか。おれはダメでスペンサーは許せる理由を訊かせてくれてもいいだろう?

ブルーノはじりじりと遠ざかるダンをじわじわと追い詰め、とうとう退路を断った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 125 [ヒナ田舎へ行く]

あわわ。

ヒナったら、告げ口したなー!

ダンは焦りと羞恥と恐怖から、顔面蒼白になった。

よりによって、盗み聞きをしたことをブルーノに知られるなんて。いやいや、違う!立ち聞きをしただけで、盗み聞きする気なんてなかった。

この二つに違いがあるのかは分からないけど、とにかくわざとあんな話を聞いたわけではない。

しかも不機嫌なのはヒナで僕じゃない。だって、立ち聞きしておいて不機嫌になる理由なんかないじゃないか。

ほこりよけの布で覆われた家具か何かに指先が触れる。どうやら後ろには逃げ道はないらしい。こうなったら、開き直るしかない。

「だったらどうだというんですか?」僕があの話の内容を気にしてるなんて思っていないでしょうね、という顏をする。

庭師だか下働きだかの子を、ブルーノとスペンサーが取り合ったっていうだけの話じゃないか。ジャスティン・バーンズを主人に持つ者は、そんなことで驚かされたりしない。赤面するほど恥ずかしいような状況にもでくわした事があるのに、たかが恋人を共有したくらいで――

でも、通常は恋人は共有しないものだ。

それに、トビーが二人の恋人だったというのは僕の判断で、実際はどうだったのかはわからない。別に知りたいとは思わないけど。

「開き直りか?」ブルーノが凄んだ声で核心をつく。

「そ、そうですけど」気勢をそがれ、ダンはあっさり白旗を上げた。

眼前で睨みを利かせるブルーノがさらに詰め寄ってくる。「なぜおれだけ避ける?」

そんなつもりはなかったけど、よくよく考えてみれば、ブルーノの言う通りかもしれないと、ダンは遅まきながら気付いた。

立ち聞きしたあと、キッチンへ行くのが嫌で、ヒナにココアをいれてあげなかったし、昼食の手伝いもしなかった。それからブルーノを避けるため、スペンサーと出掛けた。

なぜだろう?

ダンは返事に窮した。ブルーノを避ける理由が自分でも分からない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 126 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは辛抱強くダンが口を開くのを待った。

開き直ったというわりには、困惑顔で目をきょろきょろさせたり口をすぼめたりしている。上手い言い訳を考えているのだろう。

突如ダンがキッと顏を上げこちらを見据えた。紅茶色の瞳がとても綺麗だ。出会った時はただの茶色だと思っていたが、これではっきりした。曖昧だった自分の気持ちが、しっかりとダンへ向いていることを。

『曖昧』というのは言葉のあやに過ぎない。ブルーノは誰かを好きになる時はいつだって明確で、全力だ。ただ、こんなにも早く恋に落ちるとは思わなかっただけ。だから自分自身に疑いを持ったというわけだ。

「えっと……とにかく、僕は何も気にしていません。だから、夕食の手伝いはします」

なんともダンらしい。とっちめてやろうと思っていたが(おれを避けた罰として)、ひとまず、これで許してやるか。

焦って問い詰めたって始まらない。スペンサーに水をあけられるだけだ。

「それはよかった」堪らず手を伸ばし、ダンを引き寄せた。ダンは驚いた様子だったが、もう逃げなかった。

「でも、こんなふうにされると……」ダンの声が胸元でくぐもる。

「困るか?だとしても、少し我慢しろ。それから、スペンサーには気を付けろ」

「どういう意味ですか?」

「おれを警戒しているのと同じくらい警戒しろという意味だ」

「警戒なんてしてませんよ」ダンが拗ねたように言う。しつこい男は嫌いだと言わんばかりだ。

「ああ、でも少しはした方がいいだろうな」こうやって抱きしめるだけでは済まないだろうから。

「忠告、ありがとうございます」ダンは素直に言った。おれではなく、スペンサーに思うところがあったのかもしれない。

「今夜はにんじんスープを作ろうと思う」ブルーノはそう言い、ダンを解放した。返事を待たず部屋を出たが、ダンのはにかむような笑顔は見逃さなかった。

ヒナのアドバイスのおかげだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 127 [ヒナ田舎へ行く]

妙な気分だった。

もやもやとしているのに、状況ははっきりしている。

胸の内で不可解な感情がくすぶるのは、ブルーノの不可解な行動のせいなのか、はたまた自分自身のせいなのか。

で、考えてみたけれど、結局もやもやしたままだ。

ダンは部屋に戻ると、鏡の前に座った。うたた寝のせいで髪が乱れてしまっている。しかもひどい顔だ。こんなことではお洒落な近侍は勤まらないぞ。

「なににやにやしてるの?」

背後からいきなり声が聞こえ、ダンは飛び上がった。

「もうっ。びっくりするじゃないですか」

「ひとりで退屈」ヒナは唇をとがらせ、ぷらぷらと傍までやって来た。背後から鏡を覗き込んでにこりとする。「にらめっこする?」

「カイルはどうしたんですか?」ダンはヒナを無視して訊ねた。

「カイルはお風呂の準備だって」

「そうですか。僕は夕食の手伝いがあるので、ヒナは読書でもしていてください」

「ここはいいのないから、パーシーがプレゼントしてくれた『不機嫌な侯爵と壁の花』にしよっと」

ヒナの言う『いいの』はラブロマンスものだ。ちょっとエッチな描写も入る。

「ここの図書室にも、まあまあいいのがありましたけどね。冒険ものとか」

「ブルゥとなに話したの?」

話題がすっぱり切り替わった。

ダンは喉にふかしイモが詰まったようなあえぎ声を漏らした。

ヒナはくふふと笑った。たくらみがあるときには、たいていこの笑い方をする。

「ヒナが告げ口したせいでひどく怒られました。何で避けるんだって怒鳴られたかと思うと、いきなり僕を――」抱き締めたりして。でもこれってヒナに言ってもいいものだろうか?ああ、でも。僕はヒナ以外に相談する人がいない。

「いきなり、なぁに?」ヒナは目をらんらんとさせ、鏡の中のダンに語りかける。

「ヒナは何を知っているんですか?僕の知らない何かを知っているんでしょう?」

立ち聞きしていたとき、ダンはヒナよりも一足先に立ち去った。その後ヒナがどのくらいそこにいたのかは分からないけど、より多くを知っているのは確かだ。

なにせヒナはゴシップ好きだ。

「例えば?」ヒナがニヤリとする。こういう笑い方は旦那様を倣ったのだろう。

くうぅ。ヒナめ。「じらさないでください」

「座っていい?」ヒナはだるそうに肩を落として、その場にぺたんとおしりを着けた。

もうっ!

「どうせなら、こっちに座ってください。髪を直しますから」ダンは立ち上がって、ヒナを椅子に座らせてやった。リボンをはずすと、ヒナが両手で頭をぐしゃぐしゃとやった。

「トビーはダンのひとつ年上なんだって」

ははっ……例えばの情報がそれか……。

「トビーって何者なのでしょうね」喉の奥に棘のように引っかかっていた疑問をポロリとこぼす。

「知らない。でもトビーのせいでブルゥとスペンサーは喧嘩したみたい」

そりゃ、取り合ったというのだからそうなのだろう。それでも一時は共有したわけだから……ああっ!もういやだ。ブルーノが誰とどうなろうと僕の知った事ではない。

ダンはヒナの髪を丁寧に梳き解し、ほんの一滴だけ手の平に垂らしたオイルを髪全体に行き渡らせた。

「本を読むのに邪魔になるので結んでおきましょうか?」

「ううん。このままがいい」ヒナは旦那様の愛するこの髪を、それなりに大切にしている。手入れはもっぱらこちらがしているのだけれど。

「ブルーノに抱きつかれたのにはどんな意味があると思いますか?」

結局、ヒナに相談するしかなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 128 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノ特製のホットワインのおかげもあってか、ヒナの機嫌はすっかり回復していた。

とにかく、明日にはジャスティンに会えるし、手紙もクッキーも貰えるのだから、いつまでもぐじぐじしていられない。ウェインから一足先に返事を貰ったカイルが羨ましくもあったが、ヒナにはダンがいた。ここですべてを委ねられる唯一の人。

そのダンの告白で、ヒナの期待する愉快な方向へ車軸が回転し始めたのだ。

ブルゥがダンに抱きついたー!!わーい!

ヒナは諸手を挙げて喜んだ。

「キスした?」ヒナはおちょぼ口をした。

「してませんっ!」ダンはいきり立って否定した。

「つまんない」ヒナは脚をぷらぷらとさせ、ダンの表情の変化を観察した。顔を赤くして怒っているけど、実はそう怒っていないみたい。ヒナはくぷぷと含み笑いをした。

「つまらなくありません。そういうのとは違うと思いますし。僕が不機嫌だったのを気にしていて……ねぇ、ヒナ。僕、不機嫌でした?」ダンはヒナと違って真面目だ。

「でした」ヒナも真面目に答えた。

「あ、そうですか。ヒナの方が不機嫌だと思ってましたが」ダンは納得しつつも意外そうな顔をし、受けたボールをヒナに投げ返した。

「うん。まあ、そうです」ヒナは素直に認めた。「ダンはトビーのことが嫌だから不機嫌なの?」

立ち聞きした直後にダンの様子が変わったことを見れば、きっとそうなのだろう。ヒナだって、ジャスティンの昔の恋人アンソニーやその弟のコリンに嫉妬した。アンソニーはもういないので嫉妬してもどうしようもないし、コリンはエヴァンに連れ去られたので(ヒナはずっとそう思っている)もう安心だ。

いまのライバルはラドフォード館とウォーターズ邸を隔てる境界だ。この境界さえ排除してしまえば、ヒナの機嫌はいつもいいままとなる。

「わかりません。知らない人ですし。そういえばカイルがトビーの服を貸してくれようとしてたんだけど、僕とトビーは体型も見た目も似ているんですって」

ダンの顔にはトビーの代わりなんてごめんだと書いてあった。

「ダンはブルゥのことどう思う?」

「どうって、別に」

「じゃあ、スペンサーは?」

「スペンサーも別に……でも、スペンサーは何かたくらんでいますよ。ブルーノにもスペンサーを警戒しろと言われましたし」

言うに決まってる。ヒナは猛烈に思った。

「ダンがスペンサーといちゃいちゃするからだと思う」

「いちゃいちゃ?してませんよ。そんなの」ダンはのらりくらりと否定した。

もうっ!わかってないんだから。「してた。だからブルゥは怒ったの」

「あのさ、僕はヒナと旦那様みたいな関係をブルーノとは作れないよ。ブルーノだけじゃなくて、他の男の人とでもね」

「そうなの?でも……」トビーに嫉妬したんでしょ?出掛かったこの言葉は飲み込んだ。

ヒナは迷路に迷い込んだダンの心情にちょっぴり同情した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 129 [ヒナ田舎へ行く]

ダンはヒナの髪を整えると、ブルーノの元へ行ってしまった。

再びひとりになった暇人ヒナは『不機嫌な侯爵と壁の花』を手に、のろのろと図書室に向かった。

途中、書斎にスペンサーがいないかと覗いてみたが、ひっそりと無人だった。なんとなく寂しくなって、暖炉に火が入っている居間へ方向転換した。隣は食堂なので、いつでも駆けつけられる。食事前の着替えは面倒なので――どうせすぐにお風呂にはいるわけだし――断固拒否するつもり。

ヒナは分厚いクッション付きの大きなソファに乗って、寝転がった。足の指を使って器用に靴下を脱ぎ捨てると、早速本を開いた。

出だしは、驚いたことに、主人公の両親が馬車の事故で亡くなるというものだった。その時、侯爵は十五歳。ヒナと同い年だ。

ヒナの封じ込めていた記憶があっさり顔を覗かせる。

両親の死を目の当たりにしたヒナと、悲しみのあまり心を閉ざす侯爵とが重なる。

不機嫌になって当然だと、ヒナはのっけから侯爵に感情移入した。

すぐにヒロインが登場したが、こういう読み物のお決まりのパターンのひとつ、二人はちょっとした行き違いから口論をする。

ヒナはヒロインがすぐさま嫌いになった。それでもいつかは(物語の中盤か終盤かには)二人は結ばれるわけだから、ヒナが嫌いだといっても、侯爵は頑張るしかない。

たいていその頃にはヒナもヒロインの応援をし始めている。こそこそと逢い引きはするのに、結婚もすることになったのに、『愛してる』の言葉を口にしない侯爵(伯爵や男爵、爵位のない場合もある)に腹を立て、最終的にはヒロインを全面的に応援するのだ。

でも、今回の主人公はどうだろう。彼は侯爵なのにずっとひとりぼっちで、ほんの数ページで二十五歳まで育ってしまった!しかも運命の相手と喧嘩しちゃって。

ヒナは急に心細くなって目がチリチリと痛み出した。ジャスティンに助けられず、道端に転がったまま二十五歳になったら?ぞっとする。

とにかく、運命の相手と出会ったらぐずぐずしていたらダメなのだ。ヒナはまっすぐジャスティンの胸に飛び込み、ジャスティンは絶対に離すものかと抱き留めてくれた。あれから三年。ヒナはまだ十五歳だ。

よかった。とホッと胸を撫で下ろす。寸前まで出かかった涙は勢いよく引っ込んだ。

「まだいたのか?ひとりで何してる?」

ヒナは頭上から降り注ぐ質問に答えるため、ごろんと寝返りを打った。

すると、こちらを見下ろすスペンサーと目が合った。スペンサーの瞳は雲ひとつない空の色。綺麗なブルーは、あの冷酷なジェームズと同じ。

ヒナはぶるんぶるんと身震いをした。

「本持って、また来た」

「ああ、そうか」スペンサーはヒナの頭の辺りに遠慮なしに腰をおろした。「何を読んでいる?」

「これ」ヒナはしおりを挟んで、スペンサーに本を手渡した。

スペンサーは表紙をしげしげと見つめ、ぺらぺらとめくり、ヒナに返した。「こういうのが好きか?」

「好き」ヒナは素直に答えた。

「キャリーの店にもたまにこういうのが入ってくるから、見つけたら買っておこう」

スペンサー好き!

つづく


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